〜オールナイトライヴに至るイキサツと
その思いについて〜
7年ぶりのオールナイトでのLIVE、僕の置かれている環境も状況も大きく変わっているのでしょうね。
少し遡って話しをしてみましょう。
誰もが考えるように「ある年齢になったら歌なんぞはヤメるもの」
例外でなく僕もそう思ってた。
でもヤメてなかった自分がいて・・・・なんとなくヤメそうにもない・・・。
キリがいいので自分の記念になる様なイベントをやってみたい。
で、どうせなら周りの人たちがやった事のない事をやりたくて思いついたのが
「オールナイトでやってみよう!」と言う事だった。
お店が主催するイベントではたまにあるんだけど、
個人名義のLIVEとしてはメジャーな人達の他には聞いた事がないし、
「これはスバラシイ発案だ」と思って提案したら周囲の人達にあっさりと反対された・・・。
そりゃそうだ・・・。オールナイトなのだ。オールでナイトなのである。
誰が来場してくれると言うのだ、
遅い時間には人っこ一人いなくなる可能性だってある。
第一、スタッフが大変。
「夜中中仕事させられる身にもなってみろ」ってなもんだ。
当然話しは消えた・・・・。 8年前の話し・・・。
残念な思いを抱えながらも時間は経って、
'86年の春に福岡は博多に唄いに出かけた。
向こうでおちあった松本秀房と居酒屋で飲んで、いろいろと話した。
その中にオールナイトイベントがツブれて残念だった事も話題に含まれていた。
酔うほどに思いは強まってくるもので、ホテルに帰って一人でいてもモンモンとするばかりで・・・・。
ほとんど酩酊状態になった時に京都へ電話してしまった。
「オールナイト ヤル。 ゼッタイヤルゾ。 7月ヤル。 ヤルンダー!」
酔っぱらいのダダっこである。
返事は意外にあっさりしたもので「じゃあ、ヤロか。」・・・あ・・・あれ?
かくして1996年7月20日'中村ゆきまさwith西沢和哉、松本秀房 One&All in OtherSide'
は行われたのだった。
で、時間は流れて、2000年、自分の周りの状況も大きく変わって来て、
「今、もう一度演りたい」と考えていたのだけれど、いろいろな都合で流れてしまって・・・。
多分もうないだろうと思っていた、
2002年秋に突然話しは沸き起こった。
「中村さん、オールナイトや。オールナイトゆーたら中村さんや。イベントやろ。」
けん蔵が叫ぶ。酔っぱらいはしないが、かれもまたダダっこである。
考えてみれば、このところイベントらしいイベントをしてないし、
(円山野音なんて面倒くさくって考えようともしてなかった)
普段のLIVEサイズでは 'なにか伝えきれてないもどかしさ' も感じていたし、
自主コンサートを除いたLIVE活動が20年目に突入する節目でもあったので、
即決まりだった。お祭り好きとは悲しい人種である・・・。
個人的にはどれだけの人が集まってくれて、どれだけの事が演れるのか、
集まってくれた人たちに対して何を返す、何を手渡す事が出来るのだろうか?
これが最大のテーマになっています。
前回のオールナイトを越えるものを出したいし・・・。
モンダイは体力。7年前に比べればグーンと落ちている筈だし。
どーしてもダメになったら途中から飲み会にするか・・・それも淋しいナ・・・。
「馬鹿野郎どもの馬鹿な祭りとくとご覧あれ」
2003年6月 中村ゆきまさ
追記:母上様へ、今のところ 唄ヤメる気ないです。 御免。